■初めこのメルマガを発行する気は無かった
「何でいきなり「英語」の話題が出てくるの?」
以前からこのサイト『営業マンは誰でもお金持ちになれる秘密』をご覧になっていた方は、驚かれた事かと思います。
それもそのはず、この孔明当本人もこのサイトを立ち上げた時、まさか自分がこの様に「英語」に関してのメルマガを発行する気なんて少しも考えてなかったのですから。
本当に孔明は行き当たりばったりの人間だと、自分自身で改めて認識してしまったぐらいですので。
メルマガ【英語でペラペラ商談〜TOEIC265点から2ヶ月で出来る奇跡の方法】を孔明が発行するに至ったきっかけからご紹介させて頂きます。
■【英語でペラペラ商談〜TOEIC265点から2ヶ月で出来る奇跡の方法】誕生秘話
実は孔明、2004年9月11日(孔明の誕生日)から9月15日まで5日間、日本に一時帰国していました。
帰国した日の夜、孔明の不労所得の柱の一つである「研修ビジネス」のパートナー5名と、東急東横線綱島駅のBARに飲みに行きました。
「研修ビジネス」の話、勤務している会社の話、パートナー5名がそれぞれ新しく始めた副業の話。お酒を飲みながら話していました。
その内、孔明の「英語力」に関する話題になったのです。
「研修ビジネス」の中心核である酒井氏の発言から・・・。
酒井「そういえば孔明って海外では何語で会話してるの?通訳とかいるの?」
孔明「スタッフとの会話も、商談も全部「英語」だよ。」
酒井・他「うそー!だって、お前英語全く喋れなかったジャン(横浜弁)!TOEIC(英語テストの種類)何点?」
孔明「2003年4月の転勤前は確か『265点』、英語検定は3級かな?でも今はちゃんと商談問題なく出来るよ。」
全員「英語で喋ってみて。」
孔明「ぺらぺーら。ぺらーぺら・・・(古い表現・・・。)。」
全員「おー。パチパチ(拍手の音)。」
土井「海外に行って何ヶ月位で喋れるようになったんですか?」
孔明「2003年4月に転勤になってから『2ヶ月間』。英語でのメールも日本語より早く打てる様になったよ。」
孔明「だって会社からやっぱり孔明海外駄目って、思われるのもやだし、「英語」喋れる様になるまで、「カス」扱いされるのもしゃくだったから。駄目だった場合は6ヶ月で日本に強制送還(会社の命により無理やり帰国させられる事)って人事からも言われていたし・・・。」
全員「どうやったのー?」
孔明「あーやって、こーやって、どーやって、次に・・・(約30分間説明)。」
酒井「その方法はすごい。何よりも新しい!その情報ヤフオク(YAHOO!オークションの事)で売った方がいいよ(今彼らの中ではYAHOO!オークションがブーム)。」
酒井「孔明が今まで受験勉強とかした事が無いからこそ考えついた方法だよね」
他全員「うんうん。」
酒井「俺も今日からその方法やってみる。」
孔明「ピーン!(これだ!と思った瞬間!)」
■孔明いきなりメルマガ発行を決意
酒井とみんな。どうもありがとう。君達に、この方法が新しい、素晴らしい、究極(ここまでは言われてないか・・・。)と言われるまで、孔明の「英語」スキルを習得した方法が、オリジナル溢れる新しい方法だとは気づきませんでした。
孔明はただ単に、「英語」が急にサラリーマンとしての仕事の中必要になってしまった為に、短期間で習得できる方法を考えて、それを実行して『2ヶ月』間で習得しただけでしたので。
けれども、孔明が「英語」を『2ヶ月』間で習得した方法が、周りの人から見れば新しい、画期的な方法だという事を、孔明は知ってしまいました。
実は人に何かを教えるのが大好きな孔明が、この方法をみんなに教えようと決意するのは当たり前ですよね。
こうして孔明はメルマガ【英語でペラペラ商談〜TOEIC265点から2ヶ月で出来る奇跡の方法】発行の決意に至ったのです。
9月15日、日本から孔明が現在住んでいる香港までの帰りの飛行機の中では、孔明は既にパソコンを開いてこのメルマガの作成に取りかかっていました(笑)。
孔明「値段は日本の英会話学校1ヶ月分受講料よりも安く10,000円かな?」
孔明「タイトルは思い切りそのままで【英語でペラペラ商談〜TOEIC265点から2ヶ月で出来る奇跡の方法】かな?」
とか一人でぶつぶつ言いながら・・・。
■現在の孔明
孔明が今海外でやっている事の説明が後になってしまいました。
孔明28歳はサラリーマンとして勤務している日本の会社本社から、2003年4月に海外転勤となりました。
営業・マーケティングの責任者として、香港の販社に赴任になったのです。
日本で企画開発された商品を元にして、香港の販社から日本以外の海外に向けて、各国の文化に合わせながら商品や仕組みを販売しているのです。
営業・マーケティングの仕事は、ご想像の通り「言葉」が本当に重要になってきます。
海外でコミュニケーションを取る為の共通の「言葉」といえばやはり「英語」。
現在孔明は、「英語」を駆使して、客先との商談、交渉、電話やE−mail等での日々やり取りをしているのです。
■「英語」が大の苦手だった孔明
そんな孔明も、香港に赴任になる前、日本で営業マンとして勤務していた時まで、「英語」が大の苦手でした。
学生時代の頃から本当にとことん苦手でした。
中学生、高校生、大学生、そして社会人と「英語」に対して、相当の恐怖とコンプレックスを持っていました。
「俺は一生「英語」なんか覚える気なんてない。他の国の言葉なんか同でも良い」とさえ思っていました。
海外に急遽転勤になるまで、「英語」を極端に避けていたのです。
その結果、社会人になってから会社に無理やり受けさせられた、「英語」の試験の結果は散々なものでした。
■英検3級 TOEIC265点
海外赴任決定直前の孔明の英語レベルはなんと
英語検定:3級かろうじて合格
TOEIC:265点
(TOEIC WEBサイト : http://www.toeic.or.jp/ )
TOEICに至っては、テストの最中内容が分からなかったので、マークシートの数字の波(選択肢の数字当て)だけを予想して取った点数ですので、事実上0点に限りなく近い数字かと思われます。
最初孔明が、TOEIC265点取ったという事で喜んでいた所、同僚から「TOEICって990点が満点だから、限りなく底辺に近い
って事だよ(笑)。」と指摘され、「あれっ」と少しショックを受けてしまった事を今でも覚えています(笑)。
一度はこれらのテストを受けた事がある方ならば、以前の孔明は如何に「英語」が出来なかったかがお分かりになると思いますが・・・。
■追いつめられた孔明
しかし皮肉な事に、そんな大の「英語」嫌いの孔明が、会社の辞令により、2003年4月に海外に赴任になるはめになってしまったのです。
しかも、営業・マーケティングの責任者として。
通訳もつけてくれません。
6ヶ月で結果を出さなければ日本に強制送還(強制的に帰国させられる事)というタイムリミットまで付けられて・・・。
追いつめられてしまってから孔明は「英語」を使いこなせる様になろうとようやく決意をしたのです。
心の奥底から、「英語」を覚えたいと考えるようになったのです。
そして試行錯誤の結果、短期間で「英語」を使いこなせる様に方法を編み出し、たった2ヶ月で何の支障も無く「英語」にて商談が出来るレベルになる事に成功したのです。
■孔明が2ヶ月間で出来た事
孔明が考えた「英語」の習得方法を、孔明自身で実行し続けた事により、孔明はたった2ヶ月間で次の事が出来る様になりました。
・「英語」で日常会話が出来る様になった
・「英語」で一人で商談が出来る様になった
・「英語」で新聞が読める様になった
・「英語」で作ったメールを一日100通ベースで送れる様になった
・「英語」で書かれたメールを一日200通ベースで読める様になった
これらの事がスムーズに出来れば、「英語」の先生等よほどのハイレベルな英語力が必要とされる職業の方で無い限り、十分ですよね。
少なくともビジネスの世界では十分です。
海外で営業・マーケティングとして働いている孔明が言うのだから間違いありません。
■孔明が2ヶ月間では出来なかった事
ただし、2ヶ月間では次の事はまだ出来る様になりませんでした。
・原作版ハリーポッターの本はまともに読めなかった。
・CNN等TVのニュース番組はまともに聴き取れなかった
・映画の英語はまたもに聴き取る事が出来なかった。
人間の脳の構造上さすがに2ヶ月という期間では限界があります。
■日本人に「英語」を使いこなせない人が多い
日本人平均的な学歴水準は、世界水準からみても高いのに、多くの日本人が「英語」を使いこなせないのは何故なのでしょうか。
世界に一度出てみれば分かりますが、「英語」が母国語でなくとも、大学を卒業していなくとも、第二外国語であるはずの「英語」を使いこなせる人は本当に沢山います。
これは日本人が「英語」の「勉強」だけをしているから、実際に使える様にならないのです。
「英語」が実際に使える様になる為には、使える様になる為の「練習」をしなければ無いのです。
■受験戦争を経験していない孔明だからこそ考えられた事
このメルマガを発行する前に、孔明は多くの人に、孔明が「英語」を習得した方法に関して話しました。
その時皆口々に言うのが、
「孔明は受験勉強とか一切やってこなかったから考えられた方法だね。」
という事です。
何故ならば、孔明の「英語」習得方法は、辞書やノート等は一切使用しないのです。
ペンだって2ヶ月間で4回位しか使用しないのですから。
孔明が編み出した事は、「テストの点数」が良くなる為の「英語」の「勉強方法」ではなく、「英語」を実際に使いこなせる様になる為の「練習方法」なのです。
■孔明でなくともできた
2004年4月、孔明が赴任して1年後、孔明は日本での営業時代の後輩を一人、同じ販社に赴任させる事に成功しました。
彼の社歴は私よりも2年若いのですが、彼の中に光るものを感じていたので、孔明の片腕にという事で、日本から連れてきたのです。
所が、海外赴任者だというのに、彼も全くの「英語」駄目人間。海外赴任前の私と同じレベルだったのです(彼は約TOEIC280点でした)。
けれども孔明は孔明自身がやってきた内容をそのまま彼に教えて、やらせる事により、同じく2ヶ月後には彼に一人で商談できるレベルの「英語」力を習得させる事に成功したのです。
スポーツの業界では、生まれついての天才よりも、元々下手で努力によって上手になった人の方が良いコーチになれるといわれています。
自分が上手になれた方法を全て理論と共に説明ができるからです。
相手に細かく、何を実際にやれば良いのかを教える事が出来るからです。
孔明の場合も同じです。孔明自身、「英語」が全く駄目な状態から、出来る様になった経験があったからこそ、何をどのようにすればよいのかという事を、具体的に教える事が出来るのです。
彼の赴任が決まった時から孔明は、孔明が「英語」を習得する為にやってきた「練習方法」と、全く同じ方法でやる様に指示を出しました。
孔明が2003年度に日記の様につけていた、「英語練習記録」も合わせて彼に渡しました。
そして彼がその「練習方法」をスタートした2ヶ月後には、彼も商談レベルの「英語」を習得する事に成功したのです。
・「英語」で日常会話が出来る様になってしまいました。
・「英語」で一人で商談が出来る様になってしまいました。
・「英語」で新聞が読める様になってしまいました。
・「英語」で作ったメールを一日100通ベースで送れる様になってしまいました。
・「英語」で書かれたメールを一日200通ベースで読める様になってしまいました。
そうなのです。孔明はこの方法で、他人に「英語」の習得をさせる事にも成功さしたのです。
■世界が広がった
「英語」のスキルを習得した後、昔孔明が持っていた考えは、全く持って間違っていた事に気が付きました。
「俺は一生「英語」なんか覚える気なんて無い。他の国の言葉なんてどうでも良い。」
などという考えは全くもって間違っていた事に気が付きました。
色々な国の人達と話が出来る事は、なんて素晴らしい事だろうと実感させられてしまったのです。
昔は「英語」という言葉を頭に少し浮かべただけでも、その先には暗雲が立ち込めていました。
今の孔明には「英語に対する恐怖とコンプレックスは一切感じません。
今の孔明には、「英語」という言葉を頭に浮かべた時には、その先に真っ青な空が広がっている様に感じるのです。
「英語」って本当に素晴らしい言葉です。
メルマガ発行者:真田孔明