■柄にも無くスポーツに打ち込んでしまっていた孔明
高校生になった孔明が、ときめいて入部してしまったのはアメリカ式のフットボール。
鎧を着て戦いながら得点を取りあう野蛮きわまり無いスポーツでした。
小学校の時にサッカー。
中学校の時に剣道。
それなりに部活としてやっていたスポーツはあったものの、どれも何となくやっていただけでした。
所がこのスポーツに何故か心惹かれてしまい、事もあろうに高校生活をスポーツに打ち込んでしまったのです。
3年間このスポーツを中心とした生活を送ってしまったのです。
ちなみに毎日の生活は次のような感じでした。
6:00 起床すぐに朝飯
7:00 学校にて朝のランニングと筋力自主トレーニング
8:30 朝の2回目の食事+プロティン(たんぱく質を摂取する怪しい食品)
9:00 授業中 熱い漫画を読みメンタルトレーニング
たまには恋愛漫画を読み心温まる
読みながらもこっそりふくらはぎのトレーニング
握力を鍛える機会を使ってトレーニング
12:00 昼飯
昼飯後 トレーニングセンターで筋力トレーニング
13:00 授業中 フットボールの他のチームの調査結果のまとめと統計出し
フットボールの作戦考案
ギャグ漫画を読み心リフレッシュ
練習時間にそなえて睡眠
15:30頃(高校の終わる時間って何時でしたっけ?忘れた・・・。)
パンを食べる
着替え
全体のフットボール練習
20:00 全体練習後 その日できなかったことの自主確認
秘密物質「グリコーゲン」を牛乳に溶かして飲む
筋力トレーニング
筋力トレーニング後 秘密物質「アミノ酸」をそのまま飲む
ビデオで本日の自分の動きを確認。相手チームの確認。
21:00 みんなで近くの定食屋さんで食事。おかず:ライス=1:4 モリモリ
22:00 帰宅
風呂
ストレッチ
夜食+プロティン
睡眠
★ちなみに土日は朝から練習だったため、その分少し早く帰れました。
これを部活が休みの日、月曜日以外、毎日続けてしまっていたのです。
理由は今となってはよく分かりません。
強いていえば「思春期」だったからなのでしょうか。
高校時代バイトさえも一度もしなかったのです。
やっぱり大人になる過程には、他人が理解できない行動をする時期があるのですよね。
■クラスの3バカの一人となる
中学校時代の孔明の経歴を読んでもらった後なら分かると思いますが、孔明は勉強の実力も全く無いくせに、筆記試験、面接も受けず当時偏差値が高かった(今はどうなのか知りません)高校に入学してしまいました。
更にはスポーツに打ち込んでしまうという、今となっては理解不能なことをし続けていたのです。
高校の評価基準は中学校のような「相対評価」という曖昧な基準ではなく、テストの点が絶対である「絶対評価」。
めでたく3年間クラスのワースト3には常に入る「3バカ」の称号を手に入れることができたのです。
音楽・美術・体育などの技能強化の成績は抜群に良かったのですが、国語・政治経済・地理・数学・英語等勉強科目は常にワースト3当たりをさまよっていたのです。
中でも悪かったのが英語。
英語に関しての成績は特にひどく、1学期の成績は5段階で1、2学期の成績は5段階で2、このままでは留年してしまうということで、3学期だけがんばって4。
留年スレスレの高校生活を送っていたのです。
英語の授業は、文法の説明を聞いているだけでも、ぐっすりと睡眠をとることができました。
日本人が何で外国の言葉を覚えなくてはならないのだと、戦時中の日本兵のようなこだわりも持っていたのです(なのに今海外で仕事をしてるのはなんとも不思議な話です・・・。)
これはみんなが大学の受験勉強を本格的に始める3年生になっても変わりませんでした。
勉強をしなさいとうるさかった両親を絶望のどん底に突き落してしまっていたのです。
実力が無い人間は努力しないと、その世界で生き残ることはできないんだと、とことん痛感させられてしまった3年間でした。
といっても何故か悩んでなかったのは、フットボールで頭当たりすぎて、おかしくなっていたのでしょう(笑)。
■お食事会
高校生のときの孔明が、スポーツと同じ位打ち込んでいたのが、お食事会の設定と実行です。
お食事会といっても、食事をすることだけが目的ではなく、「女性の方々と合同」でお食事をするのが目的のお食事会です。
男性2人以上 対 女性2人以上で一緒にお食事をするのが孔明の中で決めたルールでした。
何せ孔明が通っていたのは高校は男だらけの男子校。
高校の中で女性と話す機会は皆無なのです。
思春期といえば、異性とお話をしたいと考えるのは当然のこと。
お話をするためにお食事会を自分でアレンジし、実行することにも命をかけていたのです。
そして、孔明と同じ不幸な境遇にある周りの男子校生である、高校の友人達に幸せを、お裾分けし続けていたのです。
■自己目標設定「年間50回のお食事会開催」
一年間は通常約52週間ありますよね。
孔明は高校一年生の頃に、一年間に50回このお食事会をアレンジしようという目標を立てました。
つまり毎週一回は女性陣とのお食事会を開催しようと心に決めたのです。
そしてその目標を達成させるために、部活動の忙しい間をぬって、目標達成のための営業活動をしていたのです。
さて、その方法をお話させていただく前に、高校時代のお食事会回数の目標に対しての、最終的な結果だけ先に報告させていただきます。
■お食事会報告書
1年生 32回 達成率 64% 営業目標未達成
2年生 55回 達成率 110% 営業目標達成
3年生 20回 達成率 40% 営業目標未達成
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高校生活合計 107回 達成率 71.3% 営業目標未達成
結果から申し上げますと、残念ながら、高校時代の目標50/年間は上記にある通り、達成することは出来ませんでした。
けれども男子校の中ではとても貴重な女性とのお食事会主催者として、崇められるには十分な回数でした。
何せ女性となかなか会話することさえできない同級生や後輩たちに、女子高校生や大学生、たまにはOLさん達との会話とお食事の機会を提供し続けているのです。このお食事会が、男子校の中ではどれだけの価値があることなのか、想像していただくことは容易にできるでしょう。
お食事会をアレンジできるやつが男子校の中では偉いのです(笑)。
部活も何もやっていない生徒ならまだしも、年間たった数回のオフをのぞいて、火曜日から日曜日まで毎日スポーツばかりしなければならない境遇だったので、同じスポーツ系の部活に入っている生徒からも、よくそんな仕込みをする時間があるなと不思議がられていました。
確かに、孔明の自由になる時間は他の部活動をやっていない生徒に比べて極端に少なかったのは事実です。
けれども孔明から言わせれば、忙しいからお食事会をアレンジできないというのは、単なる言い訳です。
やり方次第ではどんな環境にいようが、ある程度の回数のアレンジはできてしまうのです。
■高校生版自分自身への営業活動
高校に入学してすぐに男子校のむさ苦しさを恐ろしいほど感じました。
このままだと死んでしまうとも思ってしまいました。
朝から晩まで男としか会話ができないのです。
「僕の青春は真っ黒だ」と心の底から思ってしまったのです。
同じ考えを抱いてしまっていた同級生も沢山いました。
そんな最中、中学の元同級生で女子高に進学した友達からお食事会のお誘いがありました。
女子高生とのお食事会です。孔明の元同級生も孔明と同じく、女子高の環境が入学して絶えられなくなってしまったのでしょう。
場所は横浜の関内にあるとあるレストラン。
男性5人 対 女性6人です。
水を得た魚。
お互い夜遅くまで楽しく会話とお食事を楽しむことができました。これが孔明にとってはじめてのお食事会主催でした。
その次の日、孔明は連れて行った同級生達から「本当にありがとう。」と何度も言われたのです。
孔明もそこまで「本当にありがとう。」などとここまで他人から感謝されたことは、それまでの人生あまりありませんでした。
孔明自身もみんなが楽しんでくれて、心の底から嬉しかったのです。
加えて、その時連れて行った同級生のうち一人が、相手の女子高生の内の一人と、意気投合して恋仲になることもできたのです。
こんなに喜ばしいことはありませんでした。
そして孔明は気づいたのです。
男子高校生活において、みんなが心から喜び、楽しめるのは、この女性とのお食事会しかない。
それに気づいた時から、孔明の高校時代版、自分自身の為の営業活動が始まったのです。
次からは孔明が日々地道に実行していたことを教えてしまいたいと思います(女性の読者の方。これを読んでも孔明を嫌いにならないでくださいね。若気の至り。当時としては、仕方が無かったのです・・・。)
■身近なところから徹底的に攻める
孔明は当時から無理をするのが苦手でした。
本来は臆病者で慎重派ですので、少しずつしか前にすすんでいくことはできない人間です。
ましては異性が相手となると、様々な感情が障害となって立ちはだかります。
加えて孔明はジャニーズ系の顔をしているわけでもなく、小学・中学生活共に特に同級生の女の子からもてたわけでもありません。
どちらかというと、女性に対しては奥手な方だったとも言えます。
こんな孔明が、どうやって3年間で107回もお食事会を主催することが出来たのでしょうか。
その秘密は、自分自身でいくつかルールと方法をあらかじめ設定し、自分の感情で動かないようにマシーンの様に、機械的にやる方法を続けていたからです。
ひたすら地道に続けていたからです。
孔明は最初、お食事会をアレンジしようと心に決意を決めてからも、どうやってお食事会をアレンジすればいいのか本当に悩んでしまいました。
町には沢山女子高生や女子大生は歩いていますが、ナンパ氏のように気軽に声をかけて、お食事会のセッティングを決めてこられるような、肝の据わった人間でもありませんでした。
そして、考えた結果、知っている人からだったら声をかけやすいということで、元同級生たちに目を向けました。
つい数ヶ月前にもらったばかりの中学校の卒業アルバムを手にして、まずは今まで一度でも話したことがある同級生に、電話をかけることを始めたのです。
■卒業アルバムからお食事会を決める営業マニュアル
▽実行開始するタイミング
中学校の同級生達はついこないだまでは同じ学校の同級生。
これなら話しかけることが出来ますよね。
ただし、相手へのファーストコンタクトとしては、高校一年生になった一学期のうちが勝負です。
相手も色々な環境の変化で不安になっていることや、心にたまっている愚痴をもっている可能性がとても高い時期だからです。
この時期にいかに出来るだけ多くの人と、高校生活スタートした後でのファーストコンタクトをとっておくかで、今後の流れが大きく変わってしまいます。
一度高校生になったばかりのタイミングでコンタクトをとっておけば、その後多少時間が相手も、あなたにとっても相手にとっても、あなたが再度電話をかけてくる理由が出来るのです。
相手に対してあなたのことを、高校に行っても変わらず話してくれる人というよい印象を持たせたまま、高校生活をスタートすることが出来るのです。
最小限の労力で最大の効果を挙げる方法としては、タイミングも非常に有力な方法の一つです。
この時期を逃してしまうと、それだけ相手との距離もどんどん離れてしまいますし、距離が離れてしまうと、後でかけなければいけない労力もそれだけ大きくなってしまうからです。
▽用意するもの
卒業アルバムの電話欄。赤ペン。電話。メモ帳。スケジュール帳
▽候補抽出方法
必ず「ア」の名前から順番に確認。名前を見ながらその人と話したことがあるかないかを思い出す。一度でも親しく話したことがある人は、必ず電話をするターゲットになる。
▽電話をする方法
(当時は携帯電話が普及していませんでした。)
「もしもし。元●●中学校の同級生××ともうしますが、▲▲さんは、いらっしゃいますでしょうか。」と必ず、同じ中学校の同級生であったことを最初に名乗ります。
親がでても本人がでてもです。
ターゲットの女性が不在の場合は、何度もこちらからかけると逆に相手にしつこく感じてしまうので、はっきりと自分の名前と自宅の電話番号を名乗り、戻ったら折り返しかけて欲しい旨を伝えます。
(相手があなたのことをよほど嫌いでない限りは、高い確率で折り返しかかってきます。)
▽電話で会話するポイント
ポイント1
ターゲット本人と直接話すことができたら、くだらない世間話をしながらも、必ず次のこ内容を会話に織り交ぜる。
「最近●●さん(相手の名前)何やってるのかなーって、急に気になって電話をしてしまった。」
ポイント2
相手がどちらの高校に行っているかを確認する。
「共学高校」か「女子高校」か。
「共学高校」に行っている場合は、そのまま世間話を続けて、それではまた何かあったらという事で、電話を切る。
そして、名簿の名前の横に共学の「共」の文字を記入しておく。
「共」の字が書かれている人達には基本的には二度とかける必要はありません。
なぜならば、学校内での男性との関係に大忙しで、他の学校の人なんか現時点では全く興味を持たないからです。
「女子高校」と相手が答えたら次のポイント3へ。
ポイント3
相手が「女子高校」と答えたら、その女の子があなたのターゲットです。
「学校で男しかいない状態が正直耐えなれないよ、●●さんは大丈夫?」と相手の本音を聞きだす振りをいれた話をする。
そうすると大抵「うちも女の子ばかりで、みんなブーブー言ってるよ・・・。」などと不満の言葉をもらす場合があります。それがチャンスです。
後は相手からその愚痴を沢山聞き出せたら、ほぼ商談成立です(笑)。
ポイント4
相手から愚痴を聞きだすことが成功したら、後はお食事会の開催についての会話です。
ここでお互い連れてくる人数の会話に初めにもっていくことになりますが、この場合孔明が徹底していたことがあります。
それはこちら(男性)から連れてくる人数を提示するだけということです。「そっち(女性陣)は●●さん(電話をしている相手のこと)さえ来てくれれば後は何人でもいいよ」と言い放つのです。
女の子にとってお食事会のアレンジで一番怖いのは、相手の希望している人数分を、自分で集めなければならないプレッシャー。
そのプレッシャーが重くなってくると、相手はアレンジするのが嫌になってきてしまうのです。
そこの部分を解いてあげることで、一度でもアレンジしてくれた女の子は、何度も孔明のためにお食事会を気楽にアレンジしてくれるようになってくれていたのです。
アレンジの下手なやつはここをわかっていません。
女性側に、こちらと同じだけの人数を連れてくるようにと、プッシュしてしまうのです。
これだけは絶対にしてはなりません。
ポイント5
主催者のあなたにとって一番大切なのは、お食事会のときに来てくれる、同級生の友達ではなく、その同級生自身なのです。
何故ならば、実際に卒業アルバムを元に電話を何十人にかけて、お食事会のお願いをしても、お食事会のアレンジをしてあげようと決意してくれる人は、全員ではありません。
ということで、お食事会の開催と主催を一度でも決意してくれた同級生は今後ともあなたにとって貴重な存在となるのです。
私達男性陣が一番気を使わなくてはならないのは、その主催をしてくれることを決意し実行に移してくれた主催者なのです。
これは一緒に行く男性陣にも孔明は徹底させ続けました。
こうすることで、相手の主催者の女の子もやる気がでて、何度もアレンジしてくれるようになるのです。
▽名簿の使用方法
一部は既に説明しましたが、電話をかけた後には、必ず卒業アルバム名簿にマーキングをしていきます。
電=電話で直接話をできた人。
留=折り返しをお願いした人。そのごお話ができたら×して「電」を書き込む。
共=共学高校
女=女子高校
▲▲高校=女子高校の場合のみ高校名記入
×=お食事会を断られた人
●=お食事会のOKをもらえた人
日付=お食事会開催する日と集合時間
場所=集合する場所
人数=男性人側で連れていく人数。
こうして高校1年の終わりに近づく頃には、孔明の中学の卒業アルバムの名簿はメモだらけになってしまっていたのです。
高校一年生のときのお食事会主催回数32回は、元同級生達と彼女らの友達に主催してもらったお食事会のみの回数のみです。
実際孔明が主催したお食事会だけの回数だけの数字ですので、孔明が何回お食事会に参加したのかは、記憶と記録がないので、実際にはわかりません。
部活で忙しいのにも関わらず、週に一回以上はお食事会に参加していた計算にはなると思います。
部活のオフの日には毎日このお食事会を詰め込んでいたりしていましたので。
ちなみに中学校の同級生が主催のお食事会、そしてそのお食事会でお知り合いになった新しい友達の子が主催してくれたお食事会が、3年間約107回の私主催のお食事会の約8割を占めていたのです。
後の2割は本当に多くのパターンがありましたが、孔明のメインの方法ではなかったりしますので、今回はあえてここに書きません。
■孔明が貫き通していたルール
孔明にはお食事会のアレンジと主催に当たって、高校1年生の時に設定した。自身への掟がありました。
一、相手の主催者は神様。
一、孔明は主催者に徹する。好みのタイプの子がいても個人攻撃してはならない。
一、特定の彼女を作るべからず。
これら3点です。
一つ目の相手の主催者は神様というのは、既に説明させていただきましたが、一番大切にしなければならないのは、女性人の中でも主催者。
アレンジを一度でもしてくれた人なのです。
私達男にとっては、貴重な機会を提供してくれる神様のような存在なのです。
この考えを私自身が徹底し、一緒に参加した男性人にも徹底させるべく努力していました。
二つ目は、孔明は主催者に徹しようという考えでした。
これはお食事会を回数こなしていく立場としては重要なことであると孔明は考えていました。
何故ならば、孔明が我を忘れて気に入った子に、お食事会中にアタックしようものならば、こちら全体の評判が悪くなります。
主催者は常にクールでいなければならないのです。
孔明の目的は彼女を作ることではなく、孔明自身が、自分の高校内において威厳を保つための、女性達とのお食事会を何度も主催すること。
そして孔明自身も会話を楽しむことでしたので、あくまでも全体を楽しくすることに徹しました。
参加者の男たちには勿論「ガンガンアタックしなよ」と発破かけていましたが。
そして、友達の恋が実っていくのを、微笑ましく見ていたのです。
三つ目のルールは特定の彼女を作るべからずです。できてしまうと、部活だけでも忙しいので、彼女をとるか、お食事会をとるかの選択をしなければならなくことが沢山出てきてしまうからです。
■エンジョイ高校ライフ
さて、いくら「特定の彼女を作るべからず」等という掟を作ったとしても、これだけの回数、年間お食事会をしていれば、この彼女を作るべからずという、ルールを破ってしまう機会にめぐり合ってしまうことが何度もありました。
その度に部活・お食事会・そして彼女と3つをがんばろうとしましたが、中々難しいものです。
これに関しては孔明自身の度量のなさに反省です。
こうして3つの掟を極力守りながら、3年間お食事会をとにかくアレンジし続けました。
そして男子高校生生活を大いにエンジョイできる環境を作り出すことに成功したのです。
高校のとき孔明が主催したお食事会で知り合い、恋人となりそのまま今日結婚したカップル孔明の知っている限り、2組もいます。
結婚式に呼ばれたときは、まだ続いてるの?って感じで驚いてしまいましたが、本当にうれしかったです。
■大学受験
体育会系の部活動に、お食事会だけの生活を送ったまま3年生になってしまいました。
勉強面では相変わらずクラスではワースト3のままです。大学受験お先真っ暗という感じに孔明の両親はなっていました。
けれども、幸運なことに、体育会の部活動面ではまじめにうちこんでいたおかげで、いくつかの大学から引き合いが来るようになってしまったのです。
スポーツ推薦としての引き合いです。
ということで数校、グランドとトレーニング施設を確認しにいった後、抜群の練習設備を持っていた大学にあっさりと決めてしまいました。
孔明の大学はトレーニング施設とグランドの設備のレベルが高かったのです。
(この基準自体が狂ってるなーって今思うと感じてしまいますが・・・。)
そして、その大学に対して、監督経由で回答してもらった、後形だけの入学試験を実施しました。
試験内容は、40ヤード走、ダミータックル、お相撲のように1対1で当たる練習、ベンチプレス、スクワット。そして大学の事務の人達との面接。スポーツに関しての作文です。(孔明は普通の大学受験の内容がどんな内容か全く知らないのです。)
こうしてクラスで勉強に関して留年すれすれのワースト3をキープしていた孔明も、高校3年生の6月末には進学先の大学を決めることができました。
そして、邪魔されるものは何もなく、残りの高校生活を、思う存分部活とお食事会に励み続けることができたのです。
お食事会アレンジ回数に関して、3年生のときの実施回数がたったの20回と少なくなってしまったのは、周りの友達が大学のことで大変なときに、孔明からみんなでパットお食事会行こうよなんてことが中々言えなかったのです。
早い時期に大学が決まってしまっていたので逆に気を使ってしまいました・・・。